H・P・ラヴクラフト『クトゥルーの呼び声』森瀬繚 訳

H・P・ラヴクラフトクトゥルーの呼び声』(森瀬繚星海社 2017/11刊)読。
http://www.seikaisha.co.jp/information/2017/11/06-post-kuturu.html

いつの頃からか百家争鳴多士済々の観を呈してきたラヴクラフト翻訳界において今やついに真打登場と呼ばせしむる趣きの森瀬繚による新訳版が発進。今般のこの傑作集の大きな特長の1つに収録作の選定&構成の妙があり 表題作「クトゥルーの呼び声」を軸としてそれと並ぶ人口膾炙&人気作「インスマスを覆う影」並びにラヴクラフトによる最初のCM(Cthulhu Mythos)系作品と目される「ダゴン」とさらに「神殿」を配し「クトゥルーと海にまつわる恐怖をテーマとする作品」(=訳者による「はじめに」より)の集成としている点に明快な企画性あり。またこれらを補強する海テーマ作として選ばれているのがこの作家の得意とした共作合作代作群である点も注目。夫人となるソニア・グリーンとの共作「マーティンズ・ビーチの恐怖」ヘンリー・ホワイトヘッドとの合作「挫傷」ズィーリア・ビショップ&ヘイゼル・ヒールド其々のための代作「墳丘」&「永劫より出でて」がそれで 海テーマの延長である伝説的超古代大陸群への作者の強い傾倒が窺い得る行き届いた選択。とくに「挫傷」は本邦初訳で 解説によればムー大陸関連のプロットをラヴクラフトが提供しホワイトヘッドが書きあげた(但しラヴクラフトは完成を知らずにいたと言うのが面白し)作とのことで 脳挫傷に起因する深甚な幻想世界の描写が凄まじい傑作(因みに『定本ラヴクラフト全集4』に「ホワイトヘッドを悼む」なる追悼文が入れられているので思わず覗いてみたが 残念乍らこの「挫傷」には触れておらず)。また巻頭の「クトゥルーの呼び声」関連地図にはムー大陸まで書き込まれており読者の空想羽搏きの一助と。(※さらに特筆は発表されざる「インスマス…」試作未定稿が訳出併録されていることで 比較も興)
また本書のもう1つの特長は 〈新訳〉の生命とも言える訳文の工夫であり 「可能な限り原文のニュアンスを汲み取りながら新に翻訳した」(「はじめに」より)とある通り 例えば「クトゥルーの…」では語り手の呼称を「僕」とし「インスマス…」ではやはり「僕」とすると同時に文末を「でした」「ました」調にする等 大胆とも見える方向性を採っており これらが意外なほどにも雰囲気に嵌まり 且つ新鮮さ&判り易さを生み効果大。その一方で先達諸既訳へのリスペクトも完璧で 定着済み(=お約束)の表現法と新たな切り口とのアマルガムが絶妙 まさに新訳のお手本の感すら。また屡々問題となるクトゥルーインスマス等 重要固有名詞の表記については解説に説得力ある採用理由が述べられ 流石と首肯せざるを得ず。
また各作末尾に付された訳注及び巻末の解説は この訳者自家薬籠の徹底的調査が十全に活かされて詳細を極め 参考になること甚大。適宜配された図や写真も楽し(訳者自身撮影のもあり)。

「二〇一〇年代に入ったあたりから(中略)幾度目かのブームを迎えて」(=「はじめに」より)いると言うCM。とくに近年のCM系ゲーム関連からの機運勃興は(その方面に疎い弊ブログ子でさえ)肌にまざまざと(orざわざわと)感じるほどで さらにはそこから自然発生するアート&コミック&二次創作等々の裾野もじわじわと(orにゅるにゅると)拡大一途の感あり そのようなCM新時代にたしかに突入している今 それら諸方面と密接に関わってきた森瀬繚による新編・新訳ラヴクラフトはまさにこの上なく時機を得たものと。続刊期待!


クトゥルーの呼び声 (星海社FICTIONS)

クトゥルーの呼び声 (星海社FICTIONS)



























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