ガストン・ルルー他『伝奇ノ匣9 ゴシック名訳集成 吸血妖鬼譚』(続)

先頃古書にて入手の東雅夫編『伝奇ノ匣9 ゴシック名訳集成 吸血妖鬼譚』(学研M文庫 2008年刊)…
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…を漸く読み終えに漕ぎつけ──るも予想されたこと乍ら本叢書の特徴たる旧仮名&古式文体多々のため菲才の脳には往々難渋を否めず全篇隈なく理解できたかは甚だ疑問…が兎にも角にも絢爛たる語群文字群を追うだけでも編者東雅夫氏が巻末解説で「瑰麗で洒脱でときに詰屈を極める」と述懐する感興に何となくにせよ触れ得たように思えるのはせめてもの僥倖。

本書の最特筆は西洋近代吸血鬼物語創作史の端緒となった所謂〈ディオダティ荘の一夜〉を徹底拘泥点としているところにありそのためその〈一夜〉の関連作を叶うかぎり収集し結果として表面上吸血鬼と必ずしも直結しないかに見える作まで含む大胆構成が敢えて採られている。その一番の代表はシェリー夫人作『フランケンシュタイン』(本書での邦題は『新造物者』)の本邦初紹介訳であり完訳には遠く至らない乍らも明治22(1889)年に早くも移入されていたことには驚かざるを得ず。また〈一夜〉主催者バイロン卿によるディオダティ関係作としては「断章」の代わりに(そちらは近年初訳のため)長詩「不信者」が採られているがその一節がまさにディオダティ発の吸血鬼小説の嚆矢作たるポリドリの「吸血鬼」(本書邦題「バイロンの吸血鬼」)中にある作者自身による「原作緒言」に引用されておりこれは実に相応しい。「不信者」と別訳者なので比較も一興──因みにその訳者と言うのが佐藤春夫で(但し東氏によれば下訳平井呈一)種村季弘編『ドラキュラ ドラキュラ』(河出文庫)にも同訳が採られているがそちらではこの「緒言」は訳者による劈頭の「解題」と共に省かれていたと思われ(※現時点手元未確認)その意味でも貴重再録(叢書『怪奇幻想の文学』中の『真紅の法悦』所収の平井呈一訳でもやはり「緒言」は略されていたと記憶)。更なるディオダティ関連として彼の〈一夜〉について記述した日夏耿之介「恠異ぶくろ(抄)」とその中で触れられているコールリッジの長詩「クリスタベル姫」までが戦前訳で採られディオダティ荘に始まる吸血流派の淵源として位置付け。…と言う采配で謂わばポリドリの「吸血鬼」を軸とした〈血の系譜〉の原風景を一望できる壮観。
他はその系譜の後代から芥川龍之介訳ゴーチェ「クラリモンド」矢野目源一訳シュウオッブ「吸血鬼」の両名作に加えて横溝正史訳アルデン「モダン吸血鬼」(=特殊吸血鬼例として面白)が選ばれ更に白眉は中篇級分量のルルー「吸血鬼」でこれが何とも波瀾万丈鬼絶怪絶の大傑作! 大正13(1924)年に池田眞なる未詳訳者によって雑誌連載されたと言う大家ルルーのこの知られざる逸品がこれまで発掘されなかったのが不思議なほどで上述ディオダティ荘掘り下げの価値を別にすれば収録作品個別としては本書の最大功績ではないかとすら。
他にエッセー等として日夏耿之介「吸血鬼譚」小泉八雲屍鬼平井呈一「嗜屍と永生」があり其々に教えられるところ大。中で平井の一文は初再掲の由で18世紀ゴシック小説群に吸血鬼物がない理由の考察等示唆的。

…とこのように無学の徒にはなかなか難しかるべき本書を恐る畏るも繙いたのは不肖弊ブログ子自身が分も弁えず今般他でもない吸血鬼アントロギヰを魂胆するがゆえでありその伝からこの道の深さ遠さを多少とも知り得た感慨神妙。先達偉業に今更に敬礼。






























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