新熊昇『冥王の刻印』『黒い碑の魔人』『災厄娘inアーカム』

新熊昇 著《アイリーン・ウェスト・シリーズ》全3巻(青心社文庫)読。
今般の新作(『黒い碑の魔人』)刊行の機に全3作纏めて購入し刊行順は異なるが時系列順での通読を選択。

冥王の刻印

冥王の刻印

冥王の刻印 (青心社文庫)

冥王の刻印 (青心社文庫)

まず主人公アイリーン若き日の第1エピソード『冥王の刻印』↑(2015年刊 ※これのみKindle版にて)。美少女アイリーン・ウェストは狂える死体科学者ハーバート・ウェストの孫にして『死霊秘法』著者アブドゥル・アルハザードの遠い子孫でもあり且つ母方は怪都インスマスの忌まわしきマーシュ家…と大変な血脈の末裔。当然乍ら凡庸な人生を送れるはずもなく波瀾万丈の前途が待ち受け… 物語はそのアイリーンの幼馴染エリザベス・ボウアンの数奇な命運から説き起こされ。このエリザベスはラヴクラフト作「闇の跳梁者」(※敢えてこの邦題で)で仄めかされる星の智慧派教祖イノック・ボウアン(=ボウエン)の子孫でその呪われし血筋ゆえに親友アイリーンを救うため非業の死を遂げる。一方アイリーンは自ら秘法によりエリザベスを何とか死より蘇らせんとし… そんな少女たちの健気な思惑にNSA/ウィルマース財団(!)/邪霊イノック/怪霊アルハザード/輝くトラペゾヘドロン/闇の円筒印章/這い寄る混沌ナイアーラトテップetc…の多彩(多災)な人群・物群・魔群が絡み複雑異妖譚を展開。各章アイリーン/エリザベス/イノック/パトリック(アイリーンの父)/中沢(アイリーンの家庭教師)らの三人称視点並列による構成が効果的でとくに注目は作者新熊氏の畏友中沢敦氏(別名豚蛇氏)をモデルとした人物「中沢」の存在。英才微生物学者設定のみならず万人に信頼される好漢&正義漢な点も実際に通じ(ミスカトニック大院生は流石にフィクションだが)さらには邪神オッココクの研究者たる祖父の名がズバリ「中沢敦」と!(但し本人の名前は不明) …と言うわけで次巻以降でも活躍の期待高まり。(因みに作中度々言及されるオッココクは米作家ジョゼフ・S・パルヴァーの創案で巻頭に同氏への献辞あり)
巻末中篇「ザーナックの庭」は中沢と共にアイリーンの家庭教師となる美青年マクシミリアン・ザーナックの実家を舞台とし本シリーズに膨らみ持たすスピンオフ作で「異次元の色彩」的色彩奇譚。ザーナック家は『クトゥルーの子供たち』所収「夢でたまたま」(リン・カーター作)「悪魔と結びし者の魂」(ロバート・M・プライス作)で探偵役となるアントン・ザーナック(=ザルナック)博士を祖とする設定。


黒い碑の魔人

黒い碑の魔人

続いては若き日のアイリーン冒険譚第2エピソード『黒い碑の魔人』↑(2018/6月刊)──が刊行順としてはこれが3作目つまり最新刊。タイトルから察せられるように今作のモチーフは何と不肖拙訳版もあるR・E・ハワードの短篇「黒の碑」(『黒の碑──クトゥルー神話譚』所収)! 「石」でなく「碑」の字が使われているのも個人的随喜。同作中に名の出る『無名祭祀書』著者フォン・ユンツトとその影響下にある詩人ジャスティン・ジェフリーやボリス・ウラディノフ伯爵らが続々登場しハワード以上に仔細に語られるだけでなく舞台も同じハンガリーの魔所シュトレゴイカヴァールでその地に屹立する奇怪な八角柱群とその頂に乗る蟇蛙型邪神ゴル=ゴロスも大暴れし果ては謎の大怪魚や妖物ショゴスまで出現!…とハワード型狂熱怪奇大盤振る舞い。が何より大活躍するのはゲスト格登場人物の巨人ラス・アルゲティ。オスマントルコ帝国の将軍兼魔導師でアイリーンの力により地中より蘇り彼女の父親探索に協力する。怪力のみならず性格も善くユーモアに富み且つ台詞も多く終始物語を牽引し副主人公の感すら。お陰で前作からのアイリーン補佐役たる中沢とマクシミリアンが些か影薄いのが惜。がコナン始め無双英雄譚の作家ハワードの世界を借景とする今作には相応しい客演と。そのアルゲティが探し求める試金石と聖剣&アイリーンの父パトリックの行方…等々謎と興奮の畳み掛けと共に怒涛の終局へ… 作者が筆力と智識の粋を傾注した迫力&面白さ満点の力篇。(あとがきにはネタ提供協力の中沢氏に謝辞)


災厄娘inアーカム

災厄娘inアーカム

最後の『災厄娘(アイリーン)inアーカム』↑(2010年刊)は刊行順では一番早いが前2作の後日譚──と言うより成長したアイリーンが愈々本格活躍する謂わばシリーズ中の〈本篇〉とも言える。本作のみアイリーンの1人称記述で主役としての感情移入が容易に。父の衣鉢を継ぎミス大考古学准教授となったアイリーンが妖艶なサロメを演じる開幕で読者魅惑するが…そこに襲いかかる黒き邪物の正体や如何?…と早くも急速展開し以降は俄然ノンストップヒロイニックホラーの醍醐味席巻。時計塔屋敷/黎明の天使/ディアブロ/ナイアーラトテップ/アブドゥル・アルハザード…等々のキーワード群から軈て収斂する●●vs●●のクライマックスの怪異描写は圧巻のイマジネーション放埓。前作より歳月経ているため中沢もマクシミリアンも出てこないのは残念だが(但し名物家政婦ウルスラは年とるも依然登場)新たなレギュラー陣も加わる。なお本作は作者の古い草稿が基になっているため都築由浩氏が加筆共作し人物異同にも若干関わる模様(都築氏は他2作では解説担当)。新熊氏あとがきによれば原著着想の端緒は「もしアルハザードに子孫がいたら」だったそうで先立つ名シリーズ『アルハザードの遺産』『アルハザードの逆襲』の古典的基盤に大胆な現代性を加味した勇躍の構想力はさらなる展開を期待させる(がシリーズはこれで一応完結らしく…)。

全3作ともラヴクラフト/ハワードら先達作家の諸要素を自家薬籠中とし併せて独自の発想と嗜好をも満帆駆使してCthulhu神話の自由な遊戯精神/世界観拡大の愉しさを縦横無尽に魅せるところは恰も本邦版ブライアン・ラムレイとも呼び得る感あり作者の偉才偉筆に拍手!
いずれ『神々の指紋』+『薔薇の名前』で神話をとの腹案ある由で鶴首。

↓『黒い碑…』挿画(by克都氏) マクシミリアン/中沢/パトリック・ウェスト教授。Who's who…?






























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