井上雅彦『夜会 吸血鬼作品集』

井上雅彦『夜会 吸血鬼作品集』(河出書房新社 2017/7月刊)読。
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309025919/

作者デビュー以降の全作品中から吸血鬼主題or関連の18篇を精選した里程標的傑作集。「あとがき」によれば「すべてはここに入りきら」ず「五十枚以上の長さのもの」や「ラストの「意外な結末」で吸血鬼が登場するようなもの」は割愛したとのことで選定上のこだわりが窺え それだけにひと筋縄では行かない作が多勢を占める趣きで 巻末の簡にして要を得た「自作解題」が大いに読解&鑑賞の助けに。
小説宝石』誌編集部編による書き下ろし集成『SF宝石』(2015)にオムニバス作品「伯爵の知らない血族」として発表した5篇──妖異酒場譚「ブルー・レディ」医学&民俗学談義「ノスフェラトゥ」繃帯嗜愛録「蜜蝋リサイタル」天文伝説「太陽の血」時空往還記「時を超えるもの」──が分散編入されて本書の中核を成す。原題「伯爵の知らない…」が示す通り 人口に膾炙した所謂吸血鬼とは異なる視点が各篇とも特徴。中でも「ブルー・レディ」は星新一の名作「ボッコちゃん」へのオマージュとされ 同作とその作者への愛着が如実。
他では吸血鬼ペダントリをこれでもかとばかりに詰め込んださながら濃密入門書の感ある巻頭作「闖入者」故田中文雄モデル人物登場の映画幻想篇「海の蝙蝠」マントを巡る怪人都市伝説夜話「宵の外套」虚実人物&怪物入り乱れる夢の旅行記「祝杯を前にして」を始め例外なき鏤骨の名文による絢爛作群。個人的には偶々最近東宝の金字塔的吸血鬼映画3部作『血を吸う』シリーズ(製作田中文雄)のリバイバル上映を観て間もないこともあり「海の蝙蝠」に溢れる潮の香りがとくに印象濃く。

解題によれば作者井上氏は「闖入者」執筆の頃何と母校明治大学で「吸血鬼文化論」を講義していた由で まさに本邦の〈伯爵〉と言えばこの人とアカデミズムも認めるところと。その意味でもこのテーマでの作品集としては初となるのが意外とすら。がその一方で「戦後七十年の夏」の「空気が変わり始めた」(ともに作者の言)時期に書いたと言う「時を超えるもの」が巻末作とされたことには 今だからこそ本書が問いかける何かが示唆されているようにも。

夜会 (吸血鬼作品集)

夜会 (吸血鬼作品集)




関連作として旧作長篇『ディオダティ館の夜』(1996幻冬舎文庫)と『夜の欧羅巴(ヨーロッパ)』(2011講談社ミステリーランド)も遅蒔き乍らこの機に初読。

『ディオダティ…』はジョン・ポリドリ「吸血鬼」とメアリ・シェリー『フランケンシュタイン』誕生の源となった伝説の館での一夜を日本舞台に置き換えた趣向満載のサスペンスロマンで ヒロインの記憶&アイデンティティーに絡む2転3転どんでん返しが秀逸至極。『夜の…』は子供向けを仮想したこれまた驚くばかりの波瀾万丈にして華麗無比な幻想冒険絵巻で 両書とも短篇&ショートショート作家を徹底自認する作者の別面を大いに魅せつけられ。また千街晶之氏による『ディオダティ…』の解説には「井上雅彦の小説は(中略)「泰西」の香りを濃厚に漂わせている」との至言があるが この〈泰西〉の語は〈欧羅巴〉(※漢字なのが肝心)とも互換可と思われ 今般の『夜会』の中にもそちらが複数回出てくるのが我が意を得。






























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